日本本土決戦 五式中戦車と九二式重機関銃

米軍皇土へ侵攻す

1946年(昭和21年)4月13日 5時半 東の空が白み始めたが、川霧によりそう遠くまで見渡せない。ここは千葉県大和田原で新川を防衛線として第五一軍第四十四師団第九十三聯隊の約二千名が守っている。そして壊滅した第三十六軍の戦車第四師団戦車第二十九聯隊の五式中戦車の生き残りも戦車壕に身を潜め敵の侵攻に備えた
同時刻新川沿いに到着したのはホッジス大将麾下のアメリカ第1軍第24軍団の第96師団。第96師団は四街道の戦いで日本陸軍決戦機動兵団の猛攻を受け、師団の約半数を失い後退し部隊の再編制中だが、茨城を守る第五十一軍が南下しアメリカ第1軍の侵攻を阻止し、一部ではアメリカ軍を押し戻す勢いになった為、急遽大和田原に進出させた。
車長の大塚少尉は双眼鏡で新川対岸を必死に覗き込む。ほどなくして敵戦車が現れた。
「敵戦車発見 M4が三両・・・」チィっと舌打ちをする
砲手の田口が慌てて後ろに振り向き大塚に尋ねた「少尉殿・・・どうされました?」
「M1だ!」声を押し殺すように呟いた。
M1とはM26パーシング重戦車の事で当初はM1と呼んでいた大本営陸軍部もM26重戦車の存在は把握していたが、既にM1の名称で広まっていて、名称変更による混乱を避ける為、呼び名をM1で使い続けた。そしてこのM1の前面装甲は100mm以上あり五式中戦車の射距離1,000mで75mmの装甲貫通能力ではとても撃ち抜く事が出来なかった。近距離で側面や背面に回り込んで撃つ事でやっと撃破することが出来た事は前年の1945年(昭和20年)11月1日の九州に、そして1946年(昭和21年)3月1日に九十九里に上陸したアメリカ軍M1との戦闘で嫌と言うほど味わった。
・・・
隣の九二式重機に給弾をはじめ、周りの兵たちもあわただしく動き始めた

長編スペクタル小説 日本本土決戦


もちろんこれは架空の出来後で、日本本土にアメリカ軍が上陸し日本軍との戦闘の歴史はない!だが我々の知っている歴史は薄氷を踏むような、そしてほとんど奇跡と言っても良く、もし歯車が少しでも狂ったら日本本土でアメリカ軍と日本軍・・・そして多くの民間人を巻き込んだ悲惨な歴史になったかもしれないと言う事を檜山 良昭先生著書の長編スペクタル小説 日本本土決戦―昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す!を元に書いていきたい思います。

日本本土決戦―昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す! (光文社文庫) 文庫 – 1986/8


日本本土決戦~昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す!~ (光文社文庫) Kindle版

実際の歴史との相違点

この本で描かれている内容で実際の歴史と違う点が2点ある。
核物理学者の反乱
マンハッタン計画・・・いわゆる原子爆弾開発計画で中心的な役割をしていたのがロバート・オッペンハイマーとエンリコ・フェルミだったが、日本に対する無警告使用に反対し彼らの弟子と共にマンハッタン計画から辞職してしまう。実際の歴史でも核兵器は人類の上に落とさずその威力を示すことで戦争を無意味にしようと考えていた。多分研究が進むにつれて、その破壊的な威力を戦争に使うのではと苦悩したはずだが、実際には研究心の方が上回り原爆を完成させてしまった。もし・・・自分が完成させることに人間の上にこの破滅的な爆弾が落とされたら!そしてその惨劇に手を貸してしまうなら?っと開発途中で戸惑うようになったら、この小説の様にエスケープも十分に考えられる。だがマンハッタン計画は後任に引き継がれ開発を続けることで後に原爆は完成するが日本本土進攻作戦には間に合わなかった。そして1発で大都市を消滅させるほどの威力のある新型爆弾を目の当たりにすることのない戦争指導者にとっては戦争継続のハードルを下げることになる。
陸軍のクーデタ
陸軍大臣阿南惟幾は空襲の激化・原爆の投下・ソ連の対日参戦など戦争を継続することが難しいと判断し昭和天皇のご聖断に従い終戦の詔書に同意したがそれまで梅津美治郎参謀総長と共に戦争の継続と本土決戦を強硬に主張したとされる。そして陸軍の将校の多くは、この戦いは太平洋戦線で海軍が敗北したことにより食糧弾薬の補給が出来ず皇軍が苦戦したが、この日本本土に敵を引き込み痛打を与えることにより有利な講和を行おうと考えるものが多かった。そしてこの小説では8月6日には原爆が投下されず、ソ連の対日参戦前の8月7日に阿南惟幾が陸軍省一室に詰め寄った少壮将校に説得され、最後にはクーデターを決心する。陸軍がクーデターを起こした後の動きは素早かった。まず終戦派の東郷外務大臣が憲兵将校に暗殺され近衛第1師団が皇居及びその周辺を占拠し天皇陛下が宮中に事実上の軟禁状態に置かれた。隷下の歩兵師団と戦車師団が都内主要箇所を抑えた。警視庁は完全武装の陸軍将兵により抵抗する暇もなく占拠される。海軍省は二・二六事件の時は連合艦隊を東京湾に集結させ艦砲で威嚇したが、今は連合艦隊は壊滅し陸軍に対抗する力がなかった。横須賀から陸戦隊を向かわせるも途中で陸軍部隊に阻止され進めない。その矢先満州にソ連軍がなだれ込んできた。海軍省に立てこもる米内光政海軍大臣はソ連の侵攻があと1日早ければクーデターが起きらなかったかもしれないと押し殺すようにつぶやいた。鈴木貫太郎内閣は総辞職し陸軍大臣阿南惟幾を首班とする内閣が誕生し首都東京に戒厳令がひかれポツダム宣言は黙殺し戦争継続を基本方針とした。そして日本が破滅と焦熱の地獄に落ちていく瞬間である。

あくまでも小説の話だが、この内容が現実味がない荒唐無稽な物語と言い切れない。どちらも人間の揺れ動く心による結果であり、思いが終戦か徹底抗戦か正反対に作用される。もし決断が今の歴史と違ったとしたら・・・そんな観点で描かれている小説です。

決号作戦 発令

ここからは小説の話ではなく実際に終戦時までに策定されている日米双方の日本侵攻作戦とそれに対する迎撃作戦の概要になります。
まずアメリカは
1943年の太平洋戦域の戦争指導方針では日本を海上封鎖して敗北させる手段が検討されてたが日本陸軍の狂信的な戦い方を見て、カイロ会談においてルーズベルト・チャーチル・蒋介石の三首脳会談で日本本土進攻もやむなしとの合意となり日本本土進攻作戦の本格的な作戦計画が練られた。その後戦局が進むにつれてドイツの敗北が間近に迫った1945年3月29日に統合参謀本部は『対日攻撃戦力最終計画』を作成した。
侵攻兵力は2個機甲師団を含む36個師団と第20空軍を含めた142個飛行群・それにアメリカ太平洋艦隊の全勢力を合わせた総兵力107万
11月1日に南九州に対する限定上陸『オリンピック作戦』で目的は日本本土進攻ではなく広大な土地を活用しての一大空軍基地を建設し航空戦力で関東侵攻作戦を支える
3月1日に関東及び帝都東京に対する侵攻が『コロネット作戦』で、この2つの計画をまとめた全体を『ダウンフォール』・・・大日本帝国に対する滅亡作戦である。
日本の本土決戦計画は
対する日本軍も本土決戦が避けられないと悟り大規模な兵員動員を行う。40個師団・22個混成旅団で総兵力150万人でそれに損害補充用に50万人を加えた200万人の根こそぎ動員を行う。まず練度の低い沿岸配備部隊が、敵の砲爆撃に耐えて、敵を拘束している間に高火力を保有する機動打撃兵団が敵部隊に殺到しこれを撃滅すると言う基本計画だが、総兵力200万人を東西2つに分け東が杉山元 元帥の第一総軍と西が畑俊六 元帥の第二総軍にそれぞれ部隊が配置されている為、一か所を防備する兵力はそれほど多くはない。しかも満州になだれ込んだソ連軍が北海道侵攻の構えがあるので、北海道・東北にある程度の兵力を残す必要があった。だが当初予測された九州と関東の侵攻に可能な限りの兵力を投入し敵に出血を強要することで有利な講和を目指す乾坤一擲の本土決戦はその名の通り『決号』作戦とされた。

南九州侵攻 オリンピック作戦


オリンピック作戦はルソン作戦を終えた、クルーガー大将の第6軍が担当する。目的は既に書いた通り航空適地が多い宮崎と大艦隊が集結しやすい鹿児島湾を迅速に奪取することを目的とし、都農から川内までのラインを防衛線としてこれ以上に侵攻する意図はなかった。
昭和20年10月23日 吐噶喇群島付近を飛行中の彩雲索敵機がシャーマン率いる第58任務部隊の高速空母艦隊とターナー率いる第40任務部隊の水陸両用部隊の大艦隊を発見した。上陸予定の海岸に近づくにつれて陸海軍の特攻攻撃が激しさを増していた。空では航空機の神風攻撃が護衛戦闘機と対空砲火の間隙をぬって次々と体当たりをする。海面では駆逐艦や魚雷艇などが特攻モーターボートと潜水艇を味方の船に近づけまいと必死に戦った。だが1週間のうちに二千百隻の輸送船団のうち三百五十隻が撃沈もしくは中大破され1万7千人の死傷者と396台の戦車が失われた。そして11月1日に宮崎海岸・志布志湾・吹上浜に3個軍団が上陸した。・・・
今回はオリンピック作戦の詳しい内容をお伝えする事が目的ではないため、戦闘の状況などは小説を購入してみて頂ければと思いますので割愛いたします。

帝都侵攻 コロネット作戦


昭和21年3月1日 九十九里浜と相模湾に大艦隊が現れた、上空には雲霞のごとく艦載機が輸送船団の上空を覆い、飛来してきた特攻機をことごとく叩き落した。輸送船に突入できた機はわずかで6日間で特攻機の全てを失った。モーターボートと潜航艇を持つ横須賀鎮守府の海軍突撃戦隊も十重二十重に防御するアメリカ駆逐艦・魚雷艇などに阻まれ思うような戦果をあげられなかった。それでも70隻を撃沈し、120隻を中大破させるも上陸作戦を断念させるには程遠い戦果だった。相模湾にはアイケルバーガー中将指揮する第8軍が茅ヶ崎藤沢間の海岸に上陸した。同時刻ホッジス大将率いる第1軍が九十九里浜の横芝東金間に上陸を果たした。

(長野県にある松代大本営 象山地下壕 クリックすると詳細な情報が見れます)
天皇陛下や皇族、そして大本営陸海軍部などは東京から松代地下壕に疎開し、主を失った東京には石原 莞爾が首都防衛軍司令官として着任している。アメリカ軍の上陸は相模湾・九十九里浜・鹿島灘の3か所と予想し相模湾には赤柴八重蔵中将の五十三軍・九十九里浜には重田徳松中将の五十二軍そして鹿島灘は野田謙吾中将の五十一軍が守備している。そして決戦機動兵団は上村利道中将の第三十六軍は戦車第一・第四の二個戦車師団を主力として、四個歩兵師団を合わせて九十九里浜に上陸したホッジス大将の第1軍を撃滅した後、西進しアイケルバーガー中将の第8軍に決戦を挑む作戦であった。

戦車第四師団 壊滅


昭和21年3月9日 東金ー成東ー横芝のラインを第一次防衛線として近衛第三師団と百五十二師団が防備している。そこに第1・第4・第6海兵師団と第96歩兵師団が襲い掛かった。竹やり・包丁・ナタなどを装備した地域住民の義勇戦闘隊と地区警備隊も加わったが、激烈な戦闘でそう長くは持ちそうになかった。習志野にある第四戦車師団と松戸付近にいる第九十三師団に出撃命令が下った。3月9日敵航空機が活動しない夜に一路東金を目指して進撃を開始した。3月3日に関東の南岸に低気圧が通過し東京では積雪10センチを記録する大雪が降った影響で道は雪解け水によりぬかるんでいて進撃速度が低下したが、ようやく東金方面に進出した途端、不意に敵の偵察警戒部隊に遭遇した。アメリカ軍は日本の反撃を予想して、ジープやハーフトラックなどを中心とした偵察警戒部隊を数多く前方に展開してある。そのうちの一つの部隊と会敵した。
敵は小規模な部隊だった為、即座に撃退できたが、先頭を走っていたわが車両に敵兵が放ったM18 57mm無反動砲が左前部の泥除けに命中し、半分ほどもぎ取った。その際に覆帯数枚を損傷したが、幸運にも起動輪の直撃はせず、擱座することは避けられた。ただ覆帯を予備に交換しないと進む事が出来ず、交換作業をしている間に味方は東金を越えて九十九里浜方面に進出して敵と決戦になる。

覆帯の交換が完了し、味方部隊を追いかけたが、途中から逃げ帰ってきた敗残兵により道が渋滞し思うように進めなくなった。一人の戦車兵を見つけたので第四戦車師団がどうなったか?尋ねると彼はこう答えた。
東金から九十九里浜近くまで大きな抵抗がなかったが、海岸線に近づいた時に敵の強力な対戦車陣地にぶつかり、進撃が止まった。そこに多数の照明弾が打ちあがり、海上に停泊している艦艇からはサーチライトが照らされた。それと同時に無数の機銃弾と砲弾が降り注いだ。
沖合いの戦艦から放たれる大口径の砲弾に加え、野砲や迫撃砲も加わり、次々と味方戦車が撃破された。やつらはこの作戦を察知していて待ち構えていた。俺らは完全に罠にはまったと気づいたがもう遅かった
戦車が移動不能になった為、捨てて逃げてきたと言う味方の戦車兵を責める気にはなれなかった。そして我らもこれ以上前進しても、戦果を挙げることもできず無駄死にしてしまう事が分かっているので、敗走する味方兵と共に撤退することを決めた。

五式中戦車と九二式重機関銃


五式中戦車 チリ
自重:35t
全長:7.3m
発動機:BMW改造川崎水冷V型12気筒ディーゼル(550hp)
最大速度:45㎞/h
武装:
53口径75㎜戦車砲
37㎜戦車砲
7.7㎜車載重機関銃×2
装甲:前面最大75㎜ 側面最大50㎜ 後面 最大50㎜
乗員6名

五式中戦車の最大の特徴である自動装てん装置を採用した五式七糎半戦車砲はボフォース社製75㎜野戦高射砲をコピー生産したもので性能的にはドイツのⅣ号戦車の長砲身75㎜砲に匹敵する。一式徹甲弾を用いると1000mで厚さ75㎜の装甲板を打ち抜くことが出来る。

そして日本人の体格では扱いずらい75㎜砲弾を素早く装填するために自動装てん装置を採用したが、送弾器が不良で改良を続けたが、実際に終戦まで間に合わなかった

そしてもう一つの特徴が37㎜副砲を装備している。この装備には評価が分かれるが、利点としては75㎜砲の必要がない軟装甲のハーフトラックや機関銃座などを攻撃する時に75㎜徹甲弾を節約することが出来る。昭和20年5月の戦車用法ではこのように書かれている『四式中戦車は600mにおいてM4戦車の正面を貫通するも命中角の関係上その公算は僅少にして、側面及び背面を攻撃するを要する事多し、M1に対しては弱点を狙撃的射撃を行うことを要す』
つまりM4シャーマン中戦車は正面で当たり所によっては貫通出来ず、出来るだけ側面や背面を狙う事。M1(M26パーシング重戦車)に対しては正面装甲を撃ち抜く事はほぼ不可能なので、ハッチなどの弱点を狙撃する事が必要と書いてある。日本の切り札の5式中戦車もM4に対して互角で、M1に対しては全く歯が立たないと言う事になる。

本土決戦でこの五式中戦車が登場する可能性は実のところほとんどない。自動装てん装置の開発が手間取っていたこともあるが、同等の性能の四式中戦車と並行してこの五式中戦車を量産する能力は日本はない。だがここであえて登場させたのは檜山先生の著書で五式中戦車が登場している場面も描かれているので、その原作に合わせて作成しました。

九二式重機関銃は1930年代前期に開発・採用された大日本帝国陸軍の重機関銃で支那事変で初めて実戦投入されノモンハン事件や太平洋戦争全般で陸軍の主力重機関銃として活躍した。
口径:7.7mm
使用弾薬:7.7mm 九二式普通実包 30発(保弾板)
全長:115.5cm
重量:27.6 kg(本体のみ)
発射速度:450発/分
銃口初速:732 m/s
有効射程:800 m

大和田原の激闘


アメリカ軍が上陸してから40日が経過したが、千葉の東部戦線では五十二軍の近衛第三師団・第百四十七・百五十二・二百四十四師団・独立戦車第三旅団が壊滅し、決戦機動兵団の三六軍も戦車第一・第四師団・第八十一・第九十三・第二百一師団が戦闘不能な状態になり敗残兵4万人は新たに創設された常陸集団に編入され茨城を防衛していた第五一軍と共に攻勢に転じた。1週間ほど勢いに乗った常陸集団と第五十一軍はアメリカ第1軍団の侵攻を阻止し一部ではアメリカ軍を押し戻した。しかしヨーロッパから転用された第7軍団の二個機甲師団を投入し総攻撃を加えてきた。

千葉に司令部を置くホッジス大将のもとに攻勢の主力を担う第16機甲師団の1個中隊が国民義勇兵の自殺攻撃により大半の戦車と装甲車失ったとの報告が届いた。初老の国民義勇兵が手にしているのは対戦車兵器としての刺突爆雷。大戦末期、棒の先端に爆雷を取り付け、戦車に向かって、これで突いて戦車を破壊する。

ノイマン効果により前方により強く爆発力が伝播するが、爆風のすべてが前方に向かうわけではなく当然後方にも爆風が向かう。2mほど先で、戦車に致命傷を負わせるほどの爆発力のある爆薬がさく裂するのだから、突き刺す側も生還する可能性がほとんどない、いわゆる特攻兵器である。そしてこの刺突爆雷を装備した国民義勇兵が草むらの中から突撃し戦車と共にさく裂する。戦車中隊も随伴する装甲車も移動中にこの攻撃にあい多くの車両を失った。

ここ新川は印旛沼から習志野に抜けるための要衝でアメリカ軍としてはどうしても奪取しなくてはならい、千葉で休息中だったアメリカ軍第96師団はトラックの荷台にすし詰めになりながら駐屯地を出発した。そしてここで日本軍第四十四師団の九十三聯隊と激しい戦闘を繰り広げる。後続の九十二聯隊600人も加わり第96師団を圧倒していたが、200機を超えるアメリカ空軍の戦爆連合の大編隊が上空に飛来してから事態は急変した。逃げ惑う日本兵を低空から機銃掃射や爆撃を加え支援した。日本軍は第96師団との戦闘どころではなく多くの死傷者を残しながら後退した。

小説を読んでの感想

初版が1981年と今から40年近く前に小説。兵器の設定に今から見るとやや時代錯誤的な部分があるのは否めないが、それでも昔の歴史小説にありがちな、超兵器が出現して戦局を一気に挽回するような場面はありません。新兵器としてはロケット戦闘機秋水がB-29の編隊を叩き落すとか、この五式中戦車が現れる以外は、ひたすら特攻と凄惨な殺し合いの場面しかありません。だけどそれ故に描写がリアルに描かれ戦争の悲惨さが伝わってきます。ただその中にも和平を願う日米双方の動きがあり、またそれを阻止しようとする人々の人間模様なども描かれています。終戦によってもたらされた平和と繁栄から今の世界に続きます。だがその平和への道も、人の感情によって地獄への道に変わったかもしれません。今一度この尊い平和な世界に生きていることに感謝し二度と戦争と言う悲惨な時代に足を踏み入れない事を願いながらこの小説を読んでいます。

五式中戦車と九二式重機関銃作成記

    1. 米軍皇土へ侵攻す
    2. 長編スペクタル小説 日本本土決戦
    3. 実際の歴史との相違点
    4. 決号作戦 発令
    5. 南九州侵攻 オリンピック作戦
    6. 帝都侵攻 コロネット作戦
    7. 戦車第四師団 壊滅
    8. 五式中戦車と九二式重機関銃
    9. 大和田原の激闘
    10. 小説を読んでの感想
    11. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記
  1. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記:予告編
  2. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記1:作り方はじめ
  3. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記2:車体の作り始め
  4. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記3:今年もモッキーのお気楽プラモ道をよろしくお願いします
  5. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記4:一式三七粍砲と九七式車載重機関銃の作成
  6. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記5:五式七糎半戦車砲の作成
  7. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記6:車輪の憂鬱
  8. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記7:車体の塗装
  9. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記8:車体が完成
  10. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記9:気が狂いそうな履帯の作成
  11. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記10:ダメージ表現をしてみました。
  12. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記11:千葉県の土壌の考察
  13. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記12:Mr.ウェザリングペーストを使って車輪の泥表現
  14. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記13 履帯のウェザリング
  15. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記14 車体のウェザリング
  16. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記15 対空擬装その1
  17. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記16 対空擬装その2 擬装網の取り付け
  18. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記17 対空擬装その3 葉っぱ地獄
  19. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記18 九二式重機関銃の作成
  20. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記19 ジオラマその1 戦車壕の作成
  21. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記20 ジオラマその2 重機関銃陣地の作成
  22. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記21 ジオラマその3 地形の作成
  23. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記22 ジオラマその4 地面と雑草の作成
  24. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記23 ジオラマその5 今年最初の作り始め 土嚢の作成
  25. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記24 ジオラマその6 ベース枠の作成
  26. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記25 ジオラマその7 ジオラマ小物の作成1
  27. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記26 ジオラマその8 ジオラマ小物の作成2
  28. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記27 フィギュア作成その1 混迷のフィギュア作り
  29. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記28 フィギュア作成その2 戦車兵の作成
  30. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記29 フィギュア作成その3 兵士の作成
  31. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記30 フィギュア作成その4 混迷の服の塗装
  32. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記31 フィギュア作成その5 超難関!?顔の塗装
  33. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記32 フィギュア作成その6 これで勘弁してくだせぇい~涙 
  34. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記33 フィギュア作成その7 小物を作る
  35. 五式中戦車と九二式重機関銃作成記34 やっと完成!

五式中戦車と九二式重機関銃作成記:予告編

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。檜山 良昭先生の著書『日本本土決戦』を参考に1946年4月13日 千葉県大和田原(現:八千代市)で壊滅した第36軍戦車第4師団 戦車第29連隊の生き残りの五式中戦車と九二式重機関銃のジオラマを作る

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記1:作り方はじめ

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。はじめてのジオラマなのでどんな感じで出来るのか?また日本軍の戦車は初めてなのでドキドキものです!しかも実際には試作のみで完成していない幻の中戦車の作成。ファインモールド 1/35 五式中戦車用砲身セット 主砲&副砲セットも購入

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記2:車体の作り始め

メリークリスマス!皆さんいかがお過ごしですか? モッキーは大掃除や年賀状の作成などおうちのお手伝いに駆り出されとてもプラモをゆっくり作成できる状態ではありません(涙 それでも暇を見つけてはプラモを作っているのでただでさえ […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記3:今年もモッキーのお気楽プラモ道をよろしくお願いします

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。誘導輪・起動輪・上部支持転綸を作りました。この後、転輪を32個作らないといけない!そうそう!何故モッキーが戦車を作るのが苦手だったのか思い出した、この転輪を作るのがめんどくさいから苦手だったのだ

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記4:一式三七粍砲と九七式車載重機関銃の作成

随分久しぶりの更新になった気がする。それには理由があるんです! 風邪を引いて寝込んでいました。・・・嘘です(//>ω<) 受験勉強です・・・もっと嘘です(ノω`*)ノ ちょっと怠けていました・・・かなり本当 […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記5:五式七糎半戦車砲の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。さぁ~戦車砲の作成です!戦車を作る時に戦車砲を作成するのが一番戦車を作っている感があります。だって一番目立つ部分だもん!五式七糎半戦車砲の作成です。なんかとてもカッコいいですね。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記6:車輪の憂鬱

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。主砲が金属パーツと言う事もあり、塗装する前に全体にサーフェィサを吹いて下地を作っておきます。車体にもサフを吹きます。複列転輪です。すでに誘導輪・起動輪・上部支持転綸は作ったので この複列転輪を32個作成します。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記7:車体の塗装

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。今回はいよいよ車体の塗装です。車体の前面塗装をする前に多少シェイド塗装をしていきたいと思います。月間アーマーモデリングやダイオラマパーフェクトなどのシェイド塗装を参考にしながら塗装を施します。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記8:車体が完成

コツコツ作りながらやっと車体の完成が見えてきました。 今まで作業効率を考えて、あえて車体を貼りあわせていませんが、やっと接着することにしました。 隙間が出来ないように接着剤をつけた後に輪ゴムでしっかり固定します。 次に金 […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記9:気が狂いそうな履帯の作成

何故この五式中戦車を選んだかと言うと、思い起こせば四式中戦車の履帯がゴム式だったのが嫌で連結式履帯のこの戦車を選んだのだった。 だが作り始めるの、苦痛と言う他がないほどの単調の作業の連続 可動式なので接着剤が稼動部分に入 […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記10:ダメージ表現をしてみました。

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。昭和21年3月9日に九十九里浜に上陸したアメリカ軍に決戦を挑んで生き残った戦車です。その為、車体が無傷と言うのは極めて不自然になります。まずは車体に銃痕をつけようと思います。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記11:千葉県の土壌の考察

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。千葉県の土壌はどのようになっているのか?農研機構と千葉県ホームページにあった千葉県農耕地土壌の実態と変化について参考にしました。八千代周辺の土壌図を見てみると土の分類は黒ボク土になるようです

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記12:Mr.ウェザリングペーストを使って車輪の泥表現

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。1946年の千葉の沿岸部は道路が全て舗装されているとは思えない。3月9日の時点で泥の状態になっている可能性が高い!その状態を加味して車輪のウェザリングを施したいと思います。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記13 履帯のウェザリング

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。履帯・・・今風に言うとキャタピラ!昔の千葉の道なので当然塗装もされていない道が多い!Mr.ウェザリングペーストを使ってはじめて履帯のウェザリングを行ってみましたが、モッキー的にはいい感じで出来たような気がします。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記14 車体のウェザリング

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。五式中戦車は千葉ですでにアメリカ軍と戦闘を行った後の状態なので汚れている。だから車体のウェザリングを行います。Mr.ウェザリングペーストを使用します。泥はね表現も行う。

コメントなし

五式中戦車と九二式重機関銃作成記15 対空擬装その1

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。もはや太平洋戦争末期の状況では対空擬装は必須!予備履帯や擬装網を取り付ける金具の作成なども行う。今回の取り付け金具に利用出来そうな部品はエッチングパーツの枠の部分を切断します。それに予備履帯と偽装網を取り付けます。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記16 対空擬装その2 擬装網の取り付け

さて前回ガーゼに枯草色を着色して作った擬装網を車体に取り付けます。 別に擬装網は必須ではないと思うけど、木の葉などを取り付けるときに擬装網があったほうが便利だろうし、当時の日本には網なんて当たり前のようにあると思う。それ […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記17 対空擬装その3 葉っぱ地獄

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。常に上空を連合軍の航空機が飛んでいる状況なので対空擬装で葉っぱを戦車に取り付ける。木の幹にあたる部分でオランダドライフラワーを購入。葉の部分にはホビーショップ パンツァーレーアさんで購入。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記18 九二式重機関銃の作成

さてパソコンの自慢話はこの位にして、本題のプラモの話に戻します。 今回のタイトルにもあるようにそろそろ九二式重機関銃を作成していきたいと思います 九二式重機の歴史を見て行きたいと思います。 開発が始まったのが1932年( […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記19 ジオラマその1 戦車壕の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。戦車を敵の攻撃から防ぐため戦車壕の作成を行います。台座は会社近くのホームセンター ジョイフル 本田 八千代店さんにて購入。地形はスタイルフォームを使って作りたかった、適当なサイズがなく発泡スチロールで作成。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記20 ジオラマその2 重機関銃陣地の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。今回は重機関銃陣地の作成風景をお届けします。五式中戦車の戦車壕に敵兵の接近阻止を図るためその隣に機関銃陣地を作ることは自然な流れになる。ザクザクとナイフでカットしていくが大量の発泡スチロールの削りカスがでます。お掃除が大変

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記21 ジオラマその3 地形の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。発泡スチロールで土台を作ったけど、さすがにこれではジオラマとは言えない。100均の粘土が良いとの事で、ダイソーに粘土を買った。細かい加工もできる本格的な石粉ねんどを発見しこれを使います。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記22 ジオラマその4 地面と雑草の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。ジオラマで結構重要な地面と雑草の作成を行います。千葉県の土壌は黒ボク土なので黒が強めな土でのMr.ウェザリングペーストで塗装。枯れた雑草と和巧さんのジオラマアクセサリーシリーズ 雑草IIIを使用

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記23 ジオラマその5 今年最初の作り始め 土嚢の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。戦争もので定番になっている土嚢の作成を行います。土嚢は2種類あります。重さで潰れた下積み用の土嚢が36個と上積み用土嚢が12個。半田ごてを使ってへこみや折り曲げた土嚢を置きます。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記24 ジオラマその6 ベース枠の作成

ジオラマを作るのって結構大変!・・・だけど・・・だんだん出来上がってきました 今回は台座に地面の発泡スチロールを取り付けてとベース枠を作ってきます 購入したのはカワイのバルサ材 5×80×600を2個。近所のホームセンタ […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記25 ジオラマその7 ジオラマ小物の作成1

さてジオラマの作成もだんだん進んできているが、今回は小物を作ってきたいと思います。 ジオラマも地形を作ればそれで終わりという訳ではなく、それを表現する小物の存在も大切です 今回は戦争映画などでよく見かける土が崩れないよう […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記26 ジオラマその8 ジオラマ小物の作成2

前回に引き続き今回も小物の作成を行います。ジオラマにとって結構小物って重要だと思うんですよね。 戦場は雑多な道具が多くあるのが普通で、スッキリ整理整頓されるとむしろ違和感を感じる。 今回の小物は日本陸軍将校セットから作っ […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記27 フィギュア作成その1 混迷のフィギュア作り

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。フィギュア作りも混迷を極めている。出来れば日本兵の作成を割愛して一気に完成に持ち込みたいのだが戦場のジオラマで人物がないのは、まったくおかしい。九二式重機に保弾板を差し込む兵隊などの作成。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記28 フィギュア作成その2 戦車兵の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。フィギュアの戦車兵を作成しました。ついでに見える範囲で37㎜砲の砲弾ラック・椅子・無線機などの小物が出来上がりました。その後に戦車兵を置いていきます。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記29 フィギュア作成その3 兵士の作成

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。フィギュアの兵士の作成編です。戦車兵4体・下士官1体・兵4体・通信兵1体・将校1体・国民義勇隊1体の合計12体のフィギュアを作ります。国民義勇兵には刺突爆雷を装備させます。

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記30 フィギュア作成その4 混迷の服の塗装

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。フィギュアの服の塗装編。単純に服の塗装といっても、ただ塗料を吹きかければ終わりというわけではなく、服のシワの浅い部分は明るく シワの深い部分だと色を濃くするなど陰影の違いを表現しないといけない

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記31 フィギュア作成その5 超難関!?顔の塗装

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。モッキーにとっては高難易度のフィギュアの顔の作成。トホホの作成記。デジタル顕微鏡を見ながら顔の塗装をしているけど日本人の顔の色ってかなり難しい。思い通りの色がでない。思わず購入美少女フィギュア フレッシュセット

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記32 フィギュア作成その6 これで勘弁してくだせぇい~涙 

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。涙のフィギュア作成編 フィギュアの顔の塗装には美少女フィギュア フレッシュセットを使います。どんな出来具合になるのかドキドキもんです。フィギュア作成の熟練者からは笑われちゃう出来だろうけど、モッキー的にはこれで満足

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記33 フィギュア作成その7 小物を作る

フィギュアの作成がひと段落したところでフィギュアをより際立たせるための小物を作っていきたいと思います。 近所のプラモ屋で購入した、なんか?のエンジングリル用エッチングパーツ 買ってしばらく放置していたので御覧の様に埃だら […]

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五式中戦車と九二式重機関銃作成記34 やっと完成!

五式中戦車と九二式重機関銃のプラモをジオラマにて作成。やっと完成しました。作りはじめを掲載したのが2016年12月17日なので今日2018年6月10日まで1年5か月以上!完成まで540日かかりました。完成を記念してプレートもついでに作りました。

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